道の駅「奥永源寺渓流の里」を拠点とした自動運転サービス体験
自動運転を考える時、車両の安全性、法制度、自動運転レベル、車両デザインなどに加えて、大切にしないといけないことが、ほかにもあるようだ。
自動運転サービスの役割
道の駅「奥永源寺渓流の里」を拠点とした自動運転サービスに乗ってみた。2021年4月23日から本格スタートした地域として注目されている。
この地域の自動運転システムは、ゴルフ場でもお馴染みの電磁誘導線上で敷かれた往復4.4kmのコースを走るゆっくりと走るカートタイプだ。
日本の原風景が残る美しい山村の中を乗っているうちに、気づいたことがある。このモビリティが、自動運転システムかどうかということよりも、少し希薄になってしまった人と人をつむぎ会話と笑顔を生み出し、地域で物を循環させる、地域の血流を活性化させるような装置としての役割を担っていることだった。
ぜひ奥永源寺で見てほしいルート
奥永源寺を走る自動運転サービスのルートがおもしろい。大きな道を走るのではなく、むかしクルマが日常生活として活躍していなかった時代にできた、日本家屋の民家が立ち並ぶ民家の間を縫ってのびる幅わずか3mほどの道を走っていく。そのため住民の家の前すれすれを走っていくのだ。ゴルフカートに座って見える目線は、外を歩く人と同じくらいで、挨拶がしやすい。上から見下ろすような関係にならない。
もちろん窓はないし、ゆっくり走るから、「こんにちは」「今日はどうだい」「暑いから畑仕事もほどほどにね」と声をかけながら走ることができる。人を運ぶだけではなく、物も運べるので重宝されている。ある人は、これまで息子に頼んでクルマで持って行ってもらっていたのだが、毎日丹精込めて育てた夏野菜を、道の駅に気軽に出荷できるようになった。
老後生活の生きがいにもなる!?
まだ無人で走ることができない自動運転システムには、運転席で車両や乗員などの見守役が当面の間必要になる。しかし、その役目は老後生活を楽しむ男性のよき生きがいになる可能性がある。自分が住む集落の足を支え、今日も元気かと挨拶を交わし、外からの訪問者に村の歴史や日々のあれこれについて語らいながら、ちょっとした給料を得ることができるからだ。私が乗車したときは、以前はプロドライバーとしてハンドルを握り、自動運転システムのルート上に自宅がある方が担当してくださった。子どもの頃のこと、自宅の前に自動運転サービスが走り始めたときのことを嬉しそうに話してくだり、私はさらにこの村のファンになった。
斬新なデザインが必ずしも評価されない
自動運転の車両でよくデザインされるのが、これまでの車両にない斬新なものだ。そのため、この村には本当はどんなデザインの車両がよいのだろうか。そう思い、東近江市都市整備部公共交通課の山本享志さんにうかがうと「このゴルフカートがちょうどいいんです」と即答だった。狭い道に入り込める車両の大きさや緑ナンバーではないところを評価しているのだそうだ。運行ルートの発着点となっている道の駅駅長の小門信也さんは「強いて言えば、今は乗客が4名しか乗れないので、あと2人以上乗れるようにしてほしい」と要望。車両の価格ももう少し安くなればという注文はあるものの、悪くないらしい。
確かにゴルフカート程度がちょうどいいのかもしれない。試乗しての感想としても、原風景が残る美しいこの地域には、自然や人が素敵で、締め切った車両ではなく、すぐに挨拶ができたり、風や空気を感じたりすることができるゴルフカートのようなモビリティがちょうどよい。またゴルフは全国どこでも浸透しているスポーツなので、親しみやすく、お年寄りも理解されやすそうだ。
持続可能な仕組みづくりを早く
気がかりになのは、この自動運転サービスが、国の補助が終わっても、この先もずっと続くのかということだった。その点については、前向きな声を聞くことができた。地域住民からは「お祭りイベントで終わるなよ」と釘を刺されており、他地域からも「うちもやってほしい」と要望があるのだそうだ。東近江市役所の山本さんは、「持続可能な仕組みをつくる必要がある」と強調する。2020年に新たにできた事業者協力型の自家用有償旅客運送の制度を使って、事業者が白ナンバーのドライバーを雇うかたちで、安全や持続可能な仕組みをつくっていったり、あるいは介護関係の担当をしていた経験を活かして介護・高齢者福祉などの位置付けで活用できないかなど思いを語ってくださった。
ここでの体験やお話をうかがって思うことは、ドライバーが完全に運転しなくなるその日まで、その場合に応じたうまい運用があるということだ。このモビリティが定期的に村を回遊することで、もっと人や物が循環して活気が出てきたり、思わぬ副産物も生まれたりもする。もう少し柔らかな発想で、この自動運転システムと向き合ってみたいと思った。
(楠田悦子)
楠田悦子
(Kusuda Etsuko)
モビリティジャーナリスト
心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。 自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』創刊編集長を経て、2013年に独立。「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」などの委員を歴任。近著に『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)などがある。